【 19年度 Vol.12 】
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「様変わりする放送環境の中で」

 放送業界は90年代から大きく様変わりした。多チャンネル、安価な放送機器の充実、インターネットの環境整備など、技術革新がもたらした側面と、「失われた10年」のあいだに、手間をかけない、効率の良い番組が増えたことである。
 私は、1994年にフリーアナウンサーの基地作りをしたいと、小さな会社を興した。バブル崩壊後ではあるが、民放各局には、まだ企画モノと呼ばれるリポートコーナーがあり、オーディションの関門を通過したフリーアナウンサーや、レポーターがニュース番組や生活情報番組で活躍していた。しかし不景気と、デジタル放送のための巨額の投資で、地上波の番組作りは様変わりし、フリーランスアナの出番も激減した。人手と時間と経費がかかる企画モノが減り、新聞を紹介する番組が各局に広がり、スタジオで著名人がコメントする形式の生放送が増えた。制作費が十分に出ない新しいCSチャンネルで従来通りの番組作りをしていた制作会社は倒産し、体力のないアナウンサーやタレントプロダクションも姿を消した。
 アナウンスハウスのような小さな会社がこの変化の波を何とか超えられたのは、ニュースが読めるアナウンサーを育ててきたからだと思っている。多チャンネル時代は、ニュース配信が増える時代でもある。大きな放送局ではニュース原稿をチェックする体制は整っているが、小さなところに必要なのは一人で何役もこなせる人材である。その需要に応えることが出来たからだろう。一人でニュース原稿をチェックし、ニュース枠の分数に合わせて原稿に手を入れ、自分で録音しているアナウンサーも多い。
 しかし、時代の変化の波は大きい。世界に目を転じると、経済のグローバリズムの中で、放送もコングロマリット化している。そのような大きな市場に超零細の私の会社が入るわけはないし、いわゆるキー局にフリーアナウンサーが登場することも、著名人を除けば今後ほとんどないであろう。むしろ従来のマスメディアとは違う、もう一つの世界を作りたい。これがここ数年私が抱いている放送観である。
 冒頭触れたように、インターネットで動画配信が可能になるなど技術革新が進み、一人で「放送局」を立ち上げられる時代である。不特定多数のための放送ではなく、多様な価値観を提示する場としての放送、自らの表現の場としての放送、大きな所には出来ない放送を考えたい。そこにアナウンサーがどのように関わるか。更に、そこそこの経済活動が伴えば理想である。